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15 福西崇史

生年月日

1976年 9月 1日
身長 181cm
体重 74kg
ポジション ミッドフィルダー
現所属クラブ ジュビロ磐田 (JPN)
過去所属クラブ 1995- ジュビロ磐田

プロフィール

神郷小学校4年のとき、地元のサッカー教室でサッカーをはじめる。川東中学校を経て、新居浜工業高校へ。高校時代までのポジションはFWだった。

プロサッカー選手になるきっかけとなったのは、新居浜工業高校在学中、福西の相手チームの選手を見に来ていたジュビロの石井知幸スカウト(現ヘッドコーチ)が、たまたま福西に目をとめたことだった。
1995年、同校卒業後、ジュビロ磐田に入団。サテライトでMFにコンバートされ、同ポジションのドゥンガの熱血指導を受けつつ、同年8月には早くもトップデビューする。以後、ジュビロの主軸選手の1人として、チームの心臓部を担っている。なお2000年に就任したギョキッツァ・ハジェブスキー監督は、福西をリベロに配置。必ずしも成功したとはいえなかったが、守備のセンスについてはこのポジション経験で磨かれた。

ジーコ監督の日本代表チームでは、ボランチのポジションの有力レギュラー候補の1人となっている。いわゆる「海外組」の選手や、国内Jリーグの若手有望選手なども名乗りをあげて、激戦区となっているこのポジションだが、ジーコはコンスタントに福西をチームに召集しており、その信頼の高さがうかがえる。

少年時代は器械体操の選手だったことが、今日のサッカー選手としての福西にも少なからぬ影響を及ぼしている。すなわち日本人離れしたフィジカルの強さとともに、優れたバランス感覚を兼ね備えているため、相手選手からの激しいコンタクトに対して簡単に倒されることもない。しかしその一方で、腕でバランスを取るくせがあり、「故意の肘うちをしている」と指摘されることや「ボールが手に当たった」として、ハンドの有無が物議を醸したことも何度かある(1997年の柏戦、2005年の横浜FM戦)。

もともとFWなので攻撃センスはあるが、特に驚異的なジャンプ力を生かしたセットプレー(CK・FK)からの得点が多い。1999年にはリーグ戦で10点とっているが、名波のCK・FKからヘディングと言う形での得点が目立った。またジーコの日本代表では6得点を決めている(2005年末現在)が、そのうち4点をヘッドで決めている。中でも印象的だったのは、2004年8月7日に行なわれたアジアカップ決勝戦(日本対中国-北京工人体育場)で、均衡を破る先制点として奪ったヘディング・シュートである。中村のFKから、ファーサイドで鈴木がヘッドで折り返したボールを相手ゴール正面で叩きつけるようにして得点を決めた。

なお、ヘディングが得意な割には足でのシュートはうまいとはいえない。自身でも自覚しているのか、ゴール前までドリブルで前進したものの、シュートを打たずにパスしたり足元でこねてしまったりすることも決して少なくない。
同ポジションの選手によく見られる運動量を武器にした選手とは一線を画す「動かなさ」も特徴。身体能力や、師匠格であるドゥンガ同様に「読み」で相手を止めてしまう。なお、動かないのは元々持久力などには欠けているためでもあり(日本代表での持久力テストでは下位の常連である)、ピンチでも歩いていたり、また劣勢の試合では攻撃に参加したまま自陣に戻ってこないことも多々あり、かつて磐田の指揮官だった柳下正明には「集中力が足りない」と苦言を呈されたこともあった。なお、同僚の名波浩は雑誌のインタビューで「彼にアドバイスすることはもうないが、敢えて言うなら『動け』」「福西は『動かないボランチ』像を確立した」と語っている。

以上のように、技術的な面で、国内屈指のプレイヤーの1人であることは確かだが、プロ選手としてのメンタル面での強さにも特筆すべき点がある。飄々とした風貌であり、性格的に欲がないような印象があるが、チーム内では、相手が誰であろうと物怖じせずにはっきりと自分の意見を主張する。また、ピッチ上では、気持ちを前面に出して戦うというタイプではないが、きびしい敵地(アウェイ)の環境にも萎縮せず、涼しい顔をして、多くの日本人選手に欠けているとされる「テクニカル・ファウル」をおかすことにも躊躇がない。